書評ブログ

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『二つの祖国 ①~④』山崎豊子

2016年。100冊目。

二つの祖国 第1巻 (新潮文庫 や 5-45)

二つの祖国 第1巻 (新潮文庫 や 5-45)

 

9月20日に読了した山崎豊子さんの『二つの祖国④』で、2016年に読んだ本が100冊になった。山崎豊子さんの作品は、去年の今頃に伯父から『沈まぬ太陽』を薦めてもらってからはまった。これまで『沈まぬ太陽』『白い巨塔』『華麗なる一族』『不毛地帯』を読んだ。私が好きな歴史小説家の飯島和一さんと同様、膨大で綿密な取材に裏付けられた作品は、読み応えがあり読後のずっしりとした感覚が何とも言えない。山崎豊子さんの戦争三部作の3作目となる『大地の子』、そして遺作となった『約束の海』は、大学卒業までに読み切りたいと思っている。『二つの祖国』も『あん』と同様に、感想つきでFacebookで紹介した。その感想を少し膨らませて、書評を書いていきたい。

  

山崎豊子さんの戦争三部作の2作目『二つの祖国』。1作目の『不毛地帯』は、シベリア抑留を経験した陸軍中佐で大本営参謀の壱岐正が、戦後の日本を舞台に商社で血みどろの商戦を繰り広げる物語だ。全5巻ののうち、1巻目で恐ろしく過酷なシベリア抑留を、残り4巻で身を削る商社での戦いを描いている。時代はかなり違うが、この本を通して商社の仕事を理解することができた。

不毛地帯 (第1巻) (新潮文庫 (や-5-40))

不毛地帯 (第1巻) (新潮文庫 (や-5-40))

 

 それに比べ、『二つの祖国』は、日系2世アメリカ人の天羽賢治の生涯を克明に記しながら、全巻に渡って実際の戦場や軍事裁判、戦争によって引き起こされる苦悩を描いている。この作品を読んでいると「戦争」というものを否が応でも考えさせられる。

 

戦場で味方のアメリカ軍にも手榴弾を投げられる可能性に怯える日系2世の兵士達。彼らは、アメリカに忠誠を示すために、血のつながる日本軍と対峙して手柄を立てなければならない。次に引用するのは、アメリカ本土在住の日系2世とハワイ在住の日系2世の会話である。収容所とは、大戦当時アメリカに住んでいた日系人たちが強制的に連れて行かれた劣悪な環境の共同住宅地のことである。

 

「これは悪かった、僕らはハワイでは多民族で、大手を振って生活して来れたが、メイン・ランドでは日系人少数民族で、差別がひどいということは、聞いていた、だが、僕ら日系二世が力を合わせてその優秀さ、忠誠心を示せば、収容所へ入れられている君らの家族はきっと早く出されるよ、そのためにもガッツで行こう!」

「OK、アメリカの軍隊の中で最も勇敢に闘い、手柄をたてるのは、日系人だということを示そう、たとえ戦場がどこであっても!」

 ハワイ二世とメイン・ランド二世たちは、もう一度、しっかり手を握り合った。(p.428)

 

「手柄をたてる」ということはつまり、多くの日本人を殺すということと同義である。同じ日本人の血が流れている者同士で殺しあわなければいけないとは、なんという悲劇であろう。ようやく戦争が終わってアメリカに帰ってきても、一部は日本に戻っても、彼らを待っているのは容赦のない差別。戦場でも、そしてそれぞれが帰っていく場所でも、自分たちの祖国とは何なのか、という問いを常に突きつけられ、想像し難い苦悩を経験したのだ。そして、戦争という狂気によって想像を絶する数の人々が亡くなったことも忘れてはならない。

 

この本を読んで、戦争を経験した山崎豊子さんの使命感のようなものが伝わってきた。主人公の日系2世の天羽賢治は、新聞記者としての優れた日本語と英語の能力を買われ、極東国際軍事裁判のモニターを務めることになる。裁く側の祖国アメリカと裁かれる側のもう一つの祖国日本との狭間で葛藤し続ける。裁判の描写を読むと日本がどのように戦争に突入していったのか、どのように戦争責任が問われたのか、なども理解することができる。特に、開戦時のパール・ハーバーがどのようにして宣戦布告前の攻撃になってしまった背景や、開戦時に同時並行で行われていた日米交渉の目的などが、裁判の中で語られる部分は、興味深かった。

新潮文庫版だと約500ページ全4巻と、かなり長いので気軽に読むことはできないが、日系2世の人々のミクロな視点と極東国際軍事裁判というメタ的な視点で戦争を捉えることのできる読み応えのある作品だ。


 ここで、少し話は変わるが、戦争に関連して平和教育の話題を論じていく。昨今の教育界では未来の社会を見据えた教育改革が盛んにさけばれている。(言葉としての)アクティブ・ラーニング、グローバル教育、プログラミング教育などなど。もちろん未来を見据えた能力の育成は大切だと思う。一方で、「戦争」をはじめとする過去の悲惨な出来事にも目を向け続けることも必要なのではないだろうか。未来と過去は二項対立ではなくつながっているものだ。しかし、私を含め「戦争」というものを全く体験していない、体験者ともほとんど関わりのない世代が大多数を占めるようになった現代では、未来とつながるはずの過去が忘れがちにならざるを得ない。だからこそ、今一度過去に向き合うということに自覚的にならなければいけないだろう。『二つの祖国』を読んでこのようなことを感じた。

 

その1つの方法として、私はやはり本を挙げたいと思う。本を読むことで自分ができないことを疑似体験できる。それは、過去の出来事についても同じことだ。私自身これからも過去を綴った本を読んでいきたいし、もし子どもたちに授業をする時が来たら本を通して戦争をはじめとする過去の出来事について一緒に学びたいと思った。